奉務神社

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下記記載の神社は、当社で管理しております。お問い合わせは師岡熊野神社までお願いします。
※野川神明社につきましては、常勤の神職がおります。お問い合わせは野川神明社へ

師岡熊野神社社務務所

〒222-0002 神奈川県横浜市港北区師岡町 1137

TEL 045-531-0150
FAX 045-541-9356

野川神明社社務所

〒216-0001 神奈川県川崎市宮前区野川 463

TEL 044-777-0288
FAX 044-777-1184

横浜市港北区綱島東2-10-1
TEL 045-543-4285

〈御祭神〉建御名方命(タケミナカタノミコト)

〈境内社〉琴平宮・稲荷社・三峯社・荒井社

〈例祭日〉8月最終の日曜日

〈神事と芸能〉武蔵国一円の力自慢を集め毎年、草角力(くさずもう)が神前に於いて行われていましたが、今は暫く行われておりません。

〈社殿〉本殿(流造銅葺)6坪 幣殿(銅葺)6坪 内拝殿・楽舎・神饌所 16坪 
外拝殿(入母屋造・千島破風・唐破風向拝)12.5坪

〈境内坪数〉812坪

〈由緒沿革〉綱島は往昔綱島三郎信照の采色で、永禄の頃武田家の家臣が信濃国諏訪明神を勧請し社殿を建立しました。新編武蔵風土記稿に「諏訪社、字下にあり是も南北の鎮守にて前に鳥居を建つ、石階35段を上り又50級よじて社前に至る、神像長さ9寸許、前に神鏡を置く、勧請詳かならず、例祭7月27日とあります。明治6年12月村社に列格。昭和48年壮大な社殿が完成、同49年一切の整備を竣功しました。

横浜市港北区大倉山2-16-1

〈鎮座地〉横浜市港北区大倉山2-16-1

〈御祭神〉天照皇大神(アマテラススメオオカミ)国常立尊(クニノトコタチノミコト)伊邪那岐命(イザナギノミコト)伊邪那美命(イザナミノミコト)応神天皇(オウジンテンノウ)日本武尊(ヤマトタケルノミコト)
菅原道真命(スガハラミチザネノミコト)

〈境内社〉太尾稲荷社

〈例祭日〉10月第1の日曜日

〈社殿〉本殿 神明造 亜鉛葺 5坪・拝殿 寄棟造 亜鉛葺 5坪

〈境内坪数〉265坪

〈由緒沿革〉太尾町は土地細長く、各地区毎に氏神を祀り、そのため村社一社、無格社一社存在し、祭典参拝その他不便の事多く、昭和33年6月9日無格社天満社、同八幡神社、同杉山神社、同神明社、同熊野社を村社神明社に合併し、無格社杉山神社跡地に移転。太尾神社と社号を改め全町の鎮守としました。各神社には夫々明治6年12月村社、無格社に列し、各神社の歴史は極めて古いです。

横浜市港北区大曽根台9-1

〈鎮座地〉横浜市港北区大曽根台9-1

〈御祭神〉誉田別命(ホンダワケノミコト)大国魂命(オオクニタマノミコト)
菅原道真命(スガハラミチザネノミコト

〈境内社〉浅間社・御嶽社・第六天社・稲荷社

〈例祭日〉9月第2の日曜日

〈社殿〉相之間造(本殿流造 幣殿両外造 拝殿入母屋造)瓦葺 10.5坪

〈境内坪数〉533.77坪

〈由緒沿革〉大曽根には古くから部落氏神三社の鎮守社が存在していましたが、昭和32年、無格社天満社、同六所神社を村社八幡神社に合併し、社殿を造営、境内を整備しました。各神社とも、夫々明治6年12月村社、無格社に列格。各社の由緒と過去の姿に関しては新編武蔵国風土記稿に詳らかに記録されており、この土地古くより「水旱共に憂あり」といわれましたが、現在では八幡神社の丘を中心として殆んどが住宅地になっています。

横浜市港北区樽町4-10

〈鎮座地〉横浜市港北区樽町4-10

〈御祭神〉日本武尊(ヤマトタケルノミコト)

〈境内社〉稲荷社

〈例祭日〉9月15日

〈社殿〉権現造 亜鉛葺 9坪

〈境内坪数〉650坪

〈由緒沿革〉当社は樽町、師岡町の町境に位置し、樽町全町の鎮守として鎮座し、明治6年12月村社に列格。新編武蔵国風土記稿に「杉山社、字大下にあり石階十二級を設く、本地荒沢不動を神体とす、例祭は年々8月2日、隣村師岡村法華寺の進退する所なり、社内に棟札あり、其中に応永年中鰐口(わにぐち)を鋳す事を記す、この鰐口は故あって昔村民の方へあづけ置きしと言伝ふるのみにて今は在所さだかならず、かかる古きものありしなれば、定て古きものなるべけれど社伝も見へず、且つ石碑に残ることさへなければ今よりはただし難し云々」とあります。

〈宝物〉石灯籠(正徳4年銘)

横浜市鶴見区上末吉4-14-14

〈鎮座地〉横浜市鶴見区上末吉4-14-14

〈御祭神〉天照大神(アマテラスオオカミ)大山祇命(オオヤマツミノミコト)
誉田別命(ホンダワケノミコト)日本武命(ヤマトタケルノミコト)

〈境内社〉稲荷社

〈例祭日〉8月9日(移動あり)

〈社殿〉本殿(神明造)銅葺 2.85坪 幣殿 銅葺 10坪
拝殿(流造)瓦葺 21.4坪 三棟一宇

〈境内坪数〉838坪

〈由緒沿革〉当社はもと上末吉、下末吉両村の氏神でしたが、現在、上末吉のみの鎮守となり諸施設を完備ています。明治6年12月村社に列格。もと村社三島神社へ昭和32年4月無格社梶山神社及び八幡社を合併、社名を末吉神社と改称し、境内地を上末吉町918番地より1109番地に移転しました。神社諸施設工作物や、各種記録、口碑などからも、極めて由緒深い神社であることがわかります。

〈宝物〉元三島神社神体木像(室町期)元梶山神社神体木像(室町期)

横浜市鶴見区駒岡3-9-1

〈鎮座地〉横浜市鶴見区駒岡3-9-1

〈御祭神〉天照大神(アマテラスオオカミ)

〈例祭日〉8月2日

〈社殿〉本殿(神明造)桧皮葺 1坪 覆殿幣殿(流造)亜鉛葺 7坪 拝殿(流造)亜鉛葺6坪

〈境内坪数〉542坪

〈由緒沿革〉当駒岡には地区氏神として9社存在していますが、当社はその総鎮守であり、明治6年12月村社に列格。新編武蔵国風土記稿に「神明社、中村の内南にあり、これも村内の鎮守なり前に石の鳥居を建つ、村民の持」とあります。昭和48年社務所を新築しました。

横浜市鶴見区獅子ヶ谷3-16-20

〈鎮座地〉横浜市鶴見区獅子ヶ谷3-16-20

〈御祭神〉天照大神(アマテラスオオカミ)

〈例祭日〉9月18日

〈社殿〉神明造(銅葺) 10.9坪

〈境内坪数〉197坪

〈由緒沿革〉古来獅子ヶ谷町一円の氏神で、明治6年12月村社に列格しました。新編武蔵国風土記稿に「神明社、村の南の丘の上にあり、左右に石灯籠があり、例祭8月12日、此所は打開けて近きわたりの村々は眼下に望めり、上村の鎮守なり」とあります。昭和20年5月戦火により焼失、同22年1月新築復興しました。現在の社殿は平成9年10月に竣功したものです。

横浜市鶴見区獅子ヶ谷3-9-1

〈鎮座地〉横浜市鶴見区獅子ヶ谷2-32-1

〈御祭神〉天照大神(アマテラスオオカミ)

〈例祭日〉9月18日

〈社殿〉本殿 拝殿 流造 亜鉛葺 二棟一宇 7坪

〈境内坪数〉979坪

〈由緒沿革〉新編武蔵国風土記稿に「相伝う古は村の総鎮守なりしが、後上村に神明を勧請して鎮守とせしより当社は下村のみの鎮守となれり、社は二間に三間、前に木の鳥居があり、例祭8月12日、光明寺持」と記されています。明治6年12月無格社に列しました。

川崎市高津区久末642

〈鎮座地〉川崎市高津区久末642

〈御祭神〉天照大神(アマテラスオオカミ)五十猛命(イソタケルノミコト)天御中主尊(アメノミナカヌシノミコト)倉稲魂命(ウガノミタマノミコト)面足命(オモダルノミコト)惶根命(カシコネノミコト)猿田彦命(サルタヒコノミコト)

〈境内社〉稲荷社・御嶽社

〈例祭日〉10月10日に近い土日

〈社殿〉本殿・神明造 亜鉛葺 1坪 幣拝殿・切妻造 亜鉛葺 14坪

〈境内坪数〉368.9坪

〈由緒沿革〉明治3年5月村社に列格。明治42年10月当町各地区氏神の無格社杉山社、十二天社、面足明神社道祖神社を合併しました。

川崎市宮前区野川463
TEL:044-777-0288

〈鎮座地〉川崎市宮前区野川463

〈御祭神〉天照皇大神(アマテラススメオオカミ)伊邪那岐尊(イザナギノミコト)伊邪那美尊(イザナミノミコト)素盞鳴命(スサノオノミコト)大己貴命(オオナムチノミコト)

〈例祭日〉10月10日に近い土曜、日曜

〈社殿〉本殿 流造 銅葺 5.06坪 幣殿 銅葺 7.38坪
拝殿 入母屋造・千鳥破風 6.86坪

〈境内坪数〉2077坪

〈由緒沿革〉当社は元韋駄天社と称し、明治3年5月村社から雑社となり、同年同月改めて村社に列せられ神明社となりました。明治41年10月無格社八坂神社及び子神社を合併し、昭和15年10月幣帛料供進神社に指定されています。
新編武蔵国風土記稿上野川村及下野川村の条に「韋駄天社、村の艮の方にあり、上野川の内なり、内陣二間半四方、拝殿四間に三間、南向なり、前に木の鳥居を建つ、総村の鎮守にて例祭は年々9月23日、神供免、畑一町余見捨池あり、鎮座の年代を伝へず、上野川西蔵寺持」なお「神明宮、村の東の方字領家谷にあり、又此地を一に影向寺台とも呼べり、前に木の鳥居を建つ」とあります。平成12年9月、社殿・社務所を新築竣功しました。

〈宝物〉韋駄天神像(寛文13年11月8日、石川、和田、亀谷家造立)
棟札(慶長18年 寛永18年 寛文3年 宝永4年 元禄3年他)